時の止まったまちとデニッシュ。

 奈良は時が止まっている。
 何年か前に知人に言われた言葉だ。
 当時の私はそれに違和感を感じなかったし、今も強く感じる訳ではない。
 お水取りが終われば春が来るのである、八重桜とソメイヨシノが街中に咲き誇るのである、夏は生駒山からの厳しい照り返しの中、鹿の子供が親から離れ始め、秋は手向山神社の紅葉が最も美しく、冬は雪がほとんど降らず、底冷えに悩まされながら平城京跡の澄んだ空気を吸う。
 毎日、夕刻が来れば、何処かから鐘が鳴る。
 それが奈良の時だと私は思っていた。
 だが、今日、ずいぶん久しぶりにそのパン屋に入ったのだ。
 そのパン屋のすぐ傍に祖母の家があった。
 私は祖母の家に泊まる度に、朝ごはんやおやつにその店のパンを食べるのが楽しみであった。
 私が幼い頃は、まだ奈良にはパンのチェーン店もほとんどなく、パン屋といえばその店であった。
 今日そのパン屋に行ったのは偶然に近い。
 図書館で簡単にひるごはんを済まそうと思った時、ふいにそのパン屋に行きたくなったのである。
 パン屋というのは、ふいに行きたくなって困る金額は買わない。
 私の頭の中は、チョココロネやメロンパンでいっぱいになっていた。
 どうでも良い話だが、私がパン屋で買うといったら、ほとんどが甘い菓子パンである。甘党の身としては、堂々と”おやつのような食事”ができて嬉しいからだ。
 そんな訳で、手で横に引っ張る式の硝子戸を、鼻歌交じり開けた。
 そしてハッとした。
 狭い店内の入り口にどっさりとサンドイッチや総菜パンはあったが、菓子パンはあんぱんとパウンドケーキなどのケーキの他は、デニッシュ生地のものしか無かったのだ。
 ずっと前から、そのパン屋のおっちゃんが体を悪くして、しょっちゅう店を閉めていると母から聞いていた。
 しかし、デニッシュしか作れなくなったため、上の段が全部空っぽのパン屋に入るまで、その事は実感として無かったのだ。
 私は、黒豆のデニッシュとサツマイモのデニッシュを買った。2つで273円だった。
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 図書館の飲食コーナーで齧ると、黒豆はは優しく甘く、デニッシュの柔らかさと合っていた。サツマイモも美味しく炊かれていて、要するにデニッシュパン2つはとても美味しかったのである。
 しかし、このパンはいつまで焼いて貰えるのだろう。
 おっちゃんの焼いたリンゴパン(私の子供の頃の大好物で、ふわふわのパンにリンゴやパイナップルが入っていて、直径30センチくらいの大きさ)はもう食べられないのかもしれない。
 そう思った時、電撃のように色んな事が思い出された。
 近鉄が阪神と提携して、三宮まで乗り換えなしで行けるようになった事。
 そごうがイトーヨーカドーに変わった事。
 街の外国人観光客が中国人だらけになった事。
 たくさん増えたカフェ。
 マツモトキヨシが出来た事。
 ビブレがマンションに変わった事。
 県立図書館が大きく立派に立て変わった事。
 この街の時は、進んでいるのだ。
 そして私は気が付いた。
 レジを打ってくれたパン屋のおばちゃんが、”Hさん家のお孫さん”の私に気付かなかった事。
 もう私は、ただの化粧した女の人であって、おばちゃんがいつもえびす顔をくれていた子供であると気付かないのだ。
 時は進む、私も進む。

 追記として、図書館前のバス停に、「バスが故障したので、目的地まで乗って行ってください」と奈良交通が派遣した普通車が来た事を記しておく。私はこのまちが好きである。

 ブログ拍手ありがとうございました!

 12月21日15時にパチパチ下さった方

 貴方の拍手でも時を感じる浮草堂でした。
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浮草堂美奈

Author:浮草堂美奈
小説書きが何か日々喋ってます
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サイトに小説掲載中。
同人誌即売会にも、ダークファンタジー小説を引っ提げ出没します。

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