読書はたのし「春琴抄」(谷崎潤一郎)
偶然にも日本セックスデーが更新日となった。
よい機会だ。SM小説をご紹介する。
このようなことを申すと、「クリスマスは本来家族でキリスト教(以下略)」と解説する方が現れるが――。
こんな寒くてすぐに日が暮れる季節に、なんで苦行をせねばならんのだ。
1週間後には「帰省」という強化苦行が待ち受けているのである。
仏陀だって乳粥を貪ったのだ。俗人が快楽を貪って何が悪い。
と、いうわけでSM小説だ。
リアルセックスしか燃えない特殊性癖の方は、申し訳ないがお引き取り願おう。
「春琴抄」(谷崎潤一郎)である。
通常書籍
Kindle
SMバーの女王様が「この道に入ったきっかけ」と推してらした1冊。
1度きりとなってしまったが、常々あの女王様と再会したいと思っている。
あらすじ。
盲目の美少女をお師匠様と仰ぎ、三味線の弟子として奴隷となった男の幸福を描く――マイフェアレディ大谷崎バージョンである。
む? お前、いくらなんでもエロ方面を誇大化してるだろとおっしゃるか。
では引用しよう。
撥が飛び、叱声が響く――。
女師匠による人格否定の三味線レッスンが 今日も「待ち遠しい」!!
フランス書院ではない。新潮文庫だ。
ほら、証拠写真がある。しかも「谷崎最初の一冊なら」と、英才教育宣言がデカい文字である。
わたくしのあらすじなどマイルドだ。
……うむ。
マイルドすぎる!
あなたのまたぐらに無礼であった。心よりお詫び申し上げる。
心を改め、無人在来線爆弾をぶち込んで参る。
最終的に三菱地所アタックまでいく。
ご準備はよろしいか。
さて、知らない方は知らない話をしよう。
マゾにも燃えるプレイと燃えないプレイがある。
燃えないプレイに対しては、インフルエンザで倒れた日に「一緒にお注射で汗かいて治そうぜ!」と言われたレベルに不快になる。
燃える燃えないの判断基準はマゾの気分と好み次第であり、まあつまり。
わがままなヤツほどマゾなのだ。
これは他作品で妄想する際に便利なので、手のひらにメモっていただきたい。
そして春琴抄のマゾ男佐助の燃えるプレイは――。
トイレの後で手を洗うことすら、自分が世話をしないとできない生活を生涯送らせた上で。
「お願い」ではなく「命令」でお世話したい!
逆に燃えないのは、自分が「お師匠様」と対等や目上として扱われることである。
この2人はどちらも三味線の師匠が職業なのだが……。
「お師匠様」と仰がれている女主人春琴よりも、佐助の方が上手そうなんである。
春琴は三味線より実家の仕送りが収入源だったのに対し、佐助は三味線で食っていけているのだ。
三味線そのものの技術は不明だが、指導者として佐助の方が優れている。
が! 門弟が佐助を「お師匠様」と呼ぶことを許さず、春琴を「お師匠様」と呼べ、俺なんか「佐助どん」くらいじゃないとダメだと命じる!
門弟にしてみれば2人だけでやってくんねえかな、でしかない。プレイ内容なぞオープンにされても困る。
これだからマゾは……である。
そんなわがままマゾに応えてくれるサドが春琴。
まずは贅沢三昧。
彼女は盲目なのだが、自分の容姿には自信がある。ので、装飾品やら美肌ケア用品を買いまくる。
また盲目なので味覚が敏感らしく、ごちそうを量少なく品数多く食べ、その箸を使う世話は佐助がする。
極めつけは小鳥である。
高級な鶯や雲雀を、黒檀や螺鈿の箱で飼う。
ここまで贅沢をすると、さすがに実家の仕送りでは足りないので、使用人の生活を苦しくしてなんとかする。
この金が足りなくなるほど贅沢三昧をする女とその費用に苦しむM男は痴人の愛にも登場する。よっぽど大谷崎の好きシチュなのだろう。
次に苛烈な三味線指導である。
初期、「学校ごっこ」程度だったはずの指導で、15歳の佐助がしくしく泣く声が聞こえるのだから相当だろう。
15歳男子は思春期的なアレのため、よっぽどのことでなくば泣けないのである。
できるまで寝かせない、失敗すれば罵倒、ときには撥で殴られる。
よっぽどのことだ。泣く。
この時春琴は11歳。栴檀は双葉より芳し。
11歳の少女が15歳の男子を泣かせているのだ。
SM関係でないと不自然である。実際に実家の人々はドン引きだ。
このままずっと主従関係を強化していくのだから、どちらも天与の才があったのだろう。
三つ目こそ極み。というか先ほどかちらちら述べているのだが。
日常生活すべてを佐助に世話させるのだ。
食事、入浴、トイレ、はては「暑い」と言ったらそれだけで団扇であおげだと察せ。である。
ちなみにこのお風呂の世話も痴人の愛に出てくる。よっぽど燃えシチュなのだろう。
……ひょっとしてSMって変態なのかな。
(気を取り直して)
一見、春琴の方が楽でわがまま放題のようなのだが――。
繰り返し失礼。実際にわがままなのは佐助の方である。
と、いうのも、春琴はそこまでしてもらう生活しかできなくなっているのだから、佐助がいなくなれば生きていけないのだ。
とんでもないハイリスクと言える。
現代でも健常者は障がい者に「皆様のおかげで、今日も明るくがんばっていられます(笑顔)」みたいな態度を求めるのである。
わがままで意地悪なイメージは、障がい者にとって青酸カリだ。
佐助は佐助で佐一ではない。不死身の杉本ではまったくない。
佐助が心変わりをしなくても、ただの自然死を遂げるだけで春琴の人生は詰んでしまうのである。
ああ……しかし、SはサービスのS。
佐助の願うまま、春琴はわがままに振る舞う。
そして起こる事件。
思いっきりネタバレなのでここは秘しておくが、老いてからの佐助はこう語っている。
此の世が極楽浄土にでもなったように思われお師匠様と唯二人生きながら蓮の台の上に住んでいるような心地がした
蓮の台! はすのうてな!!!
流石すぎるぜ大谷崎! 天下の変態大谷崎!
なんという美文でSMを繰り広げてくれるんだ。声に出して読みたい淫語じゃないか。日本セックスデーにふさわしすぎる。お前がトナカイになるんだよッ!
と、いうわけで日本セックスデーに最適の1冊、「春琴抄」いかが?
評価、拍手、ブクマ、ふぁぼ等ありがとうございました!
投げ銭幸いとOFUSEマイページ https://ofuse.me/ofuse/ukikusado
Kindleにて著書販売中! https://amzn.to/2UKJR4O
お仕事募集中です。こちらまで youkai@m3.kcn.ne.jp
スポンサーサイト